名古屋地方裁判所 平成5年(行ウ)45号 判決 1996年3月25日
原告兼原告浅井岩根を除く原告らにつき訴訟代理人弁護士
浅井岩根
原告兼原告福島啓氏を除く原告らにつき訴訟代理人弁護士
福島啓氏
原告兼原告鈴木良明を除く原告らにつき訴訟代理人弁護士
鈴木良明
原告兼原告竹内浩史を除く原告らにつき訴訟代理人弁護士
竹内浩史
右四名訴訟代理人弁護士
井口浩治
同
小川淳
同
佐久間信司
同
新海聡
同
杉浦英樹
同
杉浦龍至
同
滝田誠一
同
西野昭雄
同
橋本修三
同
山田秀樹
被告
鈴木礼治
同
小田悦雄
同
寺尾憲治
右三名訴訟代理人弁護士
佐治良三
主文
一 本件訴えのうち、被告小田悦雄に対する地方自治法二四二条の二第一項四号に規定する「当該職員」としての損害賠償請求に係る部分を却下する。
二 被告寺尾憲治は、愛知県に対し、五九八万九七七〇円および内五八九万二九七〇円に対する平成五年四月一六日から、内九万六八〇〇円に対する平成五年五月一四日から、それぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告らに生じた費用の三分の一と被告寺尾憲治に生じた費用とを同被告の負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告らは、愛知県に対し、連帯して六八四万五四七〇円及び内六六五万一八七〇円に対する平成五年四月一六日から、内一九万三六〇〇円に対する平成五年五月一四日から、それぞれ支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 争いがない事実等
1(一) 原告らは、愛知県の住民である。
(二) 被告鈴木礼治(以下「被告鈴木」という。)は、昭和五八年から愛知県知事の職にある。
(三) 被告小田悦雄(以下「被告小田」という。)は、平成四年五月から平成六年五月まで愛知県議会議長の職にあった。
(四) 被告寺尾憲治(以下「被告寺尾」という。)は、平成四年四月一日から平成六年三月三一日まで愛知県議会事務局長の職にあった。
2(一) 愛知県においては、地方自治法二〇三条五項に基づく「県議会議員の報酬及び費用弁償等に関する条例」(昭和三一年愛知県条例第四一号)四条により、議員が公務のために旅行をしたときは、その旅行について費用弁償として、議長については知事相当額の、副議長及び議員については副知事相当額の旅費を支給する旨規定している。
(二) そして、愛知県においては、愛知県財務規則三条二項二号及び四号により、議員の旅費についての支出負担行為及び支出命令は、知事から議会事務局長に委任されている。
(三) 更に、愛知県においては、愛知県議会事務局規程(昭和五一年愛知県議会訓令一号)三八条及び三条、愛知県事務決裁規程(昭和四〇年愛知県訓令二五号)六条及び一〇条により、議員の旅費についての支出負担行為及び支出命令に関する事務は、一件一〇〇万円未満のものは議会事務局総務課長補佐が、その他のものは議会事務局総務課長が専決するものとされている。
3(一) 愛知県は、平成五年四月一六日、七九名の愛知県議会議員に対し、旅費として、合計六六五万一八七〇円を支給し、また、同年五月一四日、二名の議員に対し、旅費として、合計一九万三六〇〇円を支給した。
これらの旅費は、各議員が同年三月二六日から同月三一日までの六日間に延べ一四四件の県外旅行をしたとして、支給されたものである(以上の旅費の支給を「本件旅費支給」という。)。
(二) 本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令は、いずれも右2記載の各規定により、総務課長又は総務課長補佐が支出金調書を作成して専決処理したものである。
4(一) 原告らは、平成五年七月二二日、本件旅費支給につき、愛知県監査委員に対し、次のような内容の監査請求書(監査請求の対象となる事実を証する書面として、同年六月一五日及び同月一六日の中日新聞を添付した。)を提出して、監査請求(以下「本件監査請求」という。)をした。
「平成五年三月二六日から同月三一日までの八一名の議員の県外出張申請について、個別に、書類(旅行予定表、旅行報告書等)のとおりの出張を現実にしていたかどうか、またその出張の内容が旅費支給要領の要件に該当するものであったかどうかを、当該議員各自に聴取し、かつ裏付け調査をし、その結果として認められた愛知県知事、愛知県議会議長、愛知県議会事務局長らによる旅費の不正支給については、当該議員らに賠償させること。」
(二) 愛知県監査委員は、同年九月二〇日付けで、原告らに対し、右監査請求は理由がない旨の通知をした。
(三) そこで、原告らは、平成五年一〇月一五日、本訴を提起した。
5(一) ところで、愛知県議会の各派代表者会議は、昭和四二年七月一〇日、「愛知県議会議員県外旅行の旅費支給要領」(以下「旅費支給要領」という。)を決定していた。
その内容は、次のとおりである。
「1 議員が次の各号の一に該当する県外旅行をするときは、この要領により旅費を支給する。
(1) 議員が県政の進展に必要な調査をするための旅行
(2) 議員が国会、政府及び政府関係機関に陳情するための旅行
(3) 前二号に定めるほか県政推進のため議長が必要と認めた旅行
2 前項の旅費の額は、原則として一泊二日、月二回の東京往復旅費の範囲内とし議長の承認をうけるものとする。
3 この要領に定めるもののほか、必要な事項は議長が代表者会議にはかって決定する。」
(二) また、愛知県議会の各派代表者会議は、右同日、「議員の県外旅行の取扱い方法」(以下「旅行取扱方法」という。)をも決定した。
平成四年一二月一五日に一部改正された後の右旅行取扱方法の内容は、次のとおりである。
「『愛知県議会議員県外旅行の旅費支給要領』に基づく議員の県外旅行は、下記により取り扱うこととする。
1 議員が県外に旅行しようとするときは、予め旅行予定表を議事課へ提出すること。
なお、止むを得ない事情により提出できなかった場合は、旅行終了後、速やかに提出すること。
2 旅行予定表に基づく旅行を終ったときは、速やかに旅行報告書を議事課に提出すること。
3 旅費の支払は、原則として、旅行報告書が提出された翌月の報酬支給日に精算払で支払う。」
6 そして、愛知県における議員の県外旅行に関する事務は、前記2の各規定及び右5の旅行取扱方法に従い、次のように取り扱われていた。
(一) 議員が、旅行前に愛知県議会事務局の議事課(以下「議事課」という。)に提出する旅行予定表は、旅行期間、用務先及び用務の概要を記載し、議事課に提出する前に、各党派の責任者の認印を得ることとされていた。
議事課に提出された旅行予定表は、議事課の職員によって、記載事項の不備がないかどうか、当該旅行が旅費支給要領の定める旅行に該当するものであるかどうかの確認がされた上、議事課長、事務局次長、事務局長等が決裁し、最後に、議長が右旅行予定表に押印して決裁していた。
(二) 議長が右旅行予定表を決裁した後、議会事務局総務課において、これに基づいて、旅行者、命令年月日、用務、用務先、旅行期間等を記載した旅行命令簿を作成し、事務局長等が決裁した後、最後に、議長が旅行命令権者の欄に押印して決裁していた。
(三) 旅行後議員が議事課に提出する旅行報告書は、旅行期間、用務先及び用務の概要を記載し、議事課提出の前に、各党派の責任者の認印を得ることとされていた。
議事課に提出された旅行報告書は、議事課の職員によって、記載事項の不備がないかどうか、当該旅行が旅行予定表記載の旅行と一致するものであるかどうかの確認がされた上、議事課長、事務局次長、事務局長等が決裁した後、最後に、議長が押印して決裁していた。
(四) 各議員は、予め、愛知県議会事務局総務課主査に旅費の請求事務を委任しており、総務課主査は、旅行命令簿及び旅行報告書に基づき旅費の額を計算して旅費請求書を作成した上、それにより各議員の旅費の請求をしていた。
(五) 右請求があった場合には、支出金調書により旅費についての支出負担行為及び支出命令がされ(愛知県財務規則(昭和三九年愛知県規則一〇号)六〇条五項及び六四条一項)、旅行報告書が提出された翌月の報酬支給日に、各議員に、旅費が支払われていた。
(右1(三)の事実のうち、被告小田の在職期間については、被告小田悦雄本人尋問の結果により、認める。右1(四)の事実のうち、被告寺尾の在職期間については、乙一四により、認める。右2(三)及び3(二)の事実は、乙一〇、一一、被告寺尾憲治本人尋問の結果と弁論の全趣旨により、認める。右5(二)の事実は、乙五と弁論の全趣旨により、認める。右6の事実は、乙五ないし九、一二、一四、証人山田繁夫の証言、被告小田悦雄、同寺尾憲治各本人尋問の結果と弁論の全趣旨により、認める。その余の事実は争いがない。)。
二 当事者の主張の要旨
1 原告ら
(一) 本件旅費支給は、その原因となる県外旅行の事実がないにもかかわらず行われたものであるから、それに関する支出負担行為及び支出命令は、違法である。
(二) 被告鈴木は、愛知県知事として右支出負担行為及び支出命令を行う権限を本来的に有する者であるから、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該職員」(以下「当該職員」という。)に該当するところ、右違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右違法行為を阻止しなかったから、右違法行為により愛知県が被った損害を賠償する責任がある。
(三) 被告寺尾は、愛知県知事から委任されて右支出負担行為及び支出命令を行う権限を有する者であるから、「当該職員」に該当するところ、専決者による右違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は重大な過失により右違法行為を阻止しなかったから、右違法行為により愛知県が被った損害を賠償する責任がある。
(四)(1) 被告小田は、議長として、議員の旅行について、その必要性を判断し、旅費について承認を与え、必要な事項を代表者会議に諮って決定する立場にあったから、「当該職員」に該当するところ、右違法行為を阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は過失により右違法行為を阻止しなかったから、右違法行為により愛知県が被った損害を賠償する責任がある。
(2) また、被告小田は、自らも議員として、平成五年四月一六日に五万〇七〇〇円の支給を受けているところ、その原因となる県外旅行の事実がないか、仮にあるとしても、公務上の必要性がないから、被告小田に対する右旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令は違法であり、被告小田に対する右旅費支給は無効である。
しかるところ、被告小田は、故意又は過失により違法に右旅費を受領したのであるから、愛知県が被った右旅費相当額の損害を賠償すべき責任がある。
更に、被告小田は、不当利得として右旅費相当額を愛知県に返還すべき義務がある(なお、被告小田は右受益につき悪意である。)。
(五) よって、原告らは、被告らに対し、「当該職員」に対する損害賠償請求として、連帯して右損害金六八四万五四七〇円及び内六六五万一八七〇円に対する不法行為の結果発生の日である平成五年四月一六日から、内一九万三六〇〇円に対する不法行為の結果発生の日である平成五年五月一四日から、それぞれ支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金を愛知県に支払うことを求めるとともに、被告小田に対しては、右請求の一部と選択的に、地方自治法二四二条の二第一項四号にいう「当該行為の相手方」(以下「行為の相手方」という。)に対する損害賠償請求(又は不当利得返還請求)として、右損害金(又は不当利得金)五万〇七〇〇円及びこれに対する不法行為の結果発生の日(又は不当利得の日)である平成五年四月一六日から支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金(又は法定利息)を愛知県に支払うことを求める。
2 被告ら
(一) 本件監査請求は、対象となる行為が特定されていない。
(二) 被告鈴木と被告小田は、「当該職員」に該当しない。
(三) 本件旅費支給の原因となった県外旅行の事実は存する。また、被告小田について、本件旅費支給の原因となった県外旅行は、公務上の必要性があるものである。
(四) 本件旅費支給の原因となった県外旅行の事実が存しないとしても、本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令は、適法である。
(五) 被告らには、不法行為の要件である故意、過失はない。
三 争点についての当事者の主張
1 本件監査請求は、対象となる行為が特定されているか。
(一) 原告ら
本件監査請求における監査請求書の内容は、右一4のとおりであるところ、これによると、「八一名の議員に対して、平成五年三月二六日から同月三一日までの期間に県外出張をした旅費を支給した行為」として、監査請求の対象となる行為が、他の行為と区別して特定認識できる程度に個別的、具体的に摘示されているから、本件監査請求は、適法なものである。
(二) 被告ら
右一4の監査請求書の内容に、原告らがこれに添付した「証する書面」の内容を総合しても、原告らが違法な公金の支出であると主張する議員に対する旅費の支給について、その日時、支給金額、受給者が、個別的、具体的に特定されていないし、違法事由に関しても、出張を現実にしていないことを違法事由とするのか、その出張の内容が旅費支給要領の要件に該当しないことを違法事由とするのかが、個別的、具体的に特定されていない。したがって、本件監査請求は、請求の対象の特定を欠くものであるから、不適法というべきであり、本訴は、適法な監査請求を経ていない不適法なものである。
2 被告鈴木と被告小田は、「当該議員」に該当するか。
(一) 原告ら
(1) 被告鈴木は、愛知県知事として、本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を行う権限を本来的に有する者であるから、その権限を委任していたとしても、「当該職員」に該当する。
(2) 被告小田は、議会事務局の統理者である議長として、議員の県外旅行につき、その必要性を判断し、旅費について承認を与える立場にあったのであり、また、必要な事項を代表者会議に諮って決定する立場にもあったから、「当該職員」に該当する。
(二) 被告鈴木及び被告小田
(1) 被告鈴木は、議会事務局長に本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を行う権限を委任しているから、右支出負担行為及び支出命令を行う権限を有していない。
また、被告鈴木は、地方自治法一五四条により、補助機関たる職員に対する指揮監督権を有しているが、ここでいう「補助機関」には、議会事務局の職員は含まれていないから、被告鈴木は、議会事務局長に対して、右支出負担行為及び支出命令につき、指揮監督を行う権限を有していない。
したがって、被告鈴木は、「当該職員」に該当しない。
(2) 議会の議長が統理する事務には、予算の執行に関する事務及び現金の出納保管等の会計事務は含まれていないから、議会の議長は、財務会計上の行為を行う権限を本来的に有していない。
また、議会の議長は、その地位からすると、財務会計上の行為を行う権限を委任する相手方として予定されていないし、愛知県議会の議長に対して財務会計上の行為を行う権限が委任されているということはない。
したがって、被告小田は、「当該職員」に該当しない。
3 本件旅費支給の原因となった県外旅行の事実の存否等
(一) 原告ら
(1) 本件旅費支給の原因となった県外旅行の事実が存しないことは、次の各事実から明らかである。
ア 平成五年六月一五日及び同月一六日の中日新聞において、本件旅費支給の原因となった県外旅行は、そのほとんどが存在しなかったと報道されている。
イ 右県外旅行は、六日間に八一名の議員が一四四件の旅行をしたというものである。そして、そのほとんどが東京への旅行であり、しかも、東京へは日帰りも可能であるのに、そのほとんどが1泊二日の旅行となっている。また、五四名の議員は、右の期間に二回旅行している。これらのことからすると、右県外旅行は、極めて不自然なものである。
ウ 議員に旅費が支給された県外旅行の件数は、平成三年五月から平成四年一一月の間は、月二〇〇件以上あったが、同年一二月から平成五年五月までの間は、月に百数十件程度になり、同年六月から同年九月までの間は、月に数十件程度になっている。
これは、尼崎市議会における「カラ出張」疑惑の報道がされたのが平成四年一一月であることからすると、それによって、同年一二月からの旅行の件数が減少し、更に、平成五年六月の中日新聞の右報道によって、同月からの旅行の件数が減少したものと推認することができる。
このような旅行件数の減少は、真に旅行をしているのであれば、起こり得ないものである。
旅費支給要領の「旅費の額は、原則として一泊二日、月二回の東京往復旅費の範囲内とする。」という規定が、その範囲内では、旅行の有無にかかわらず、旅費の支給を受けることができると解釈されて、旅費支給要領制定以来二〇年以上にわたり、そのように運用されてきた結果、月に二〇〇件以上もの県外旅行についての旅費支給が行われてきたといえる。
また、愛知県議会では、平成五年一〇月から平成六年三月まで、県外旅行の旅費の支給を凍結したが、議員が真に旅行をしていたのであれば、そのような措置は必要なかったといえる。
更に、平成六年四月から平成七年三月までの間においては、議員に旅費が支給された県外旅行の件数は、月一〇件程度であるが、これは、旅費支給のあるべき本来の状態に戻ったといえる。
エ 原告らは、平成六年一〇月に、平成五年三月当時の議員に対して、本件旅費支給の原因となった県外旅行の事実の有無について尋ねる質問書を送付したところ、七〇名の議員が、本件旅費支給を受けていながら、右質問書に回答しなかった。
(2) また、仮に、被告小田が、本件旅費支給の原因となった県外旅行を行ったとしても、それは、元衆議院議員の秘書に会いに行ったというものであるから、旅費支給要領中の1の各号のいずれにも該当せず、公務上の必要性のないものであった。
(二) 被告ら
(1) 本件旅費支給の原因となった県外旅行の事実が存することは、次の各事実から明らかである。
ア 愛知県議会においては、議員となった者に対して、「新議員のみなさんへ」という冊子を配付して、旅費支給要領に基づく旅費支給制度の周知を図っている。また、被告小田は、尼崎市議会における「カラ出張」疑惑の報道がされたことから、平成四年一二月七日に、団長会議(愛知県議会において六名以上の所属議員を有する会派の団長で構成する会議)を開催し、その席上、「議員の県外旅行について、県民等から誤解や批判を受けることがないよう、十分に適正を期して頂きたい。」と発言した。このように、愛知県議会においては、議員の県外旅行が適正に行われるよう周知徹底が図られていた。
イ 本件旅費支給の対象となった議員全員から、旅行予定表及び旅行報告書が提出されている。
ウ 本件監査請求の監査の過程で監査委員が行った調査の結果、本件旅費支給の原因となった県外旅行の事実が認められている。
エ 平成五年二月二二日から同年三月二五日まで愛知県議会が開催されていたから、同年三月二六日から同月三一日までの間に議員の県外旅行が集中することは、何ら不自然ではない。
また、中央政治と地方政治が密接な関連性を持っているという事実が存する以上、東京への旅行が多くなるのは当然であるし、早朝深夜に用務があったり、二つ以上の用務があるときなどには、日帰りはできない。
更に、本件旅費支給の対象となった議員は、議員一〇七名中八一名に過ぎないのであり、このことからしても、現実に旅行をした議員のみが旅費を受領していることが推認される。
オ 議員に旅費が支給された県外旅行の件数が平成四年一二月以降減少しているのは、旅費支給要領の理解の仕方について各会派の意見の一致が得られなくなってきていたところへ、本件監査請求がされ本訴が提起されたため、議員が、あらぬ疑惑を持たれないよう、自費による旅行に切り換える等したためである。
愛知県議会では、平成五年九月から平成六年三月まで、県外旅行の旅費の支給を凍結して、旅費支給要領の見直しを行い、その後、見直し案が確定したことにより、同年四月から、旅費の支給を再開した。
カ 原告らが平成六年一〇月に議員に対して送付した質問書については、これに回答する義務があるわけではないから、これに回答しなかったからといって、県外旅行の事実が存しないことを推認することはできない。
(2) 被告小田は、平成五年三月二七日から同月二八日にかけて、東京にある稲垣実男前衆議院議員の事務所を訪れ、秘書に面会した。用務の内容は、農業協同組合の統合に向けての合意形成について意見交換をすることと、そのことについて助言を依頼するためと、土地改良事業に係る農林水産省の翌年度の施政方針等について情報収集等を行うとともに、土地改良事業の促進を同省に働きかけることを要請することであった。この旅行は、旅費支給要領1の(1)の「議員が県政の進展に必要な調査をするための旅行」に当たるとともに、同1の(2)の「議員が国会、政府及び政府関係機関に陳情するための旅行」にも当たる。
4 本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令の違法性
(一) 原告ら
本件旅費支給は、その原因となる県外旅行の事実がないにもかかわらず行われたものであるから、本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令は、違法である。
(二) 被告ら
(1) 普通地方公共団体においては、執行機関としての長と議決機関としての議会とは、互いに独立しており、執行機関としての長は、議会の事務や議決の内容について指揮監督の権限を有するものではない。
したがって、長の有する予算の執行機関としての権限についても、議会に関する事項については、制約があり、予算執行の適正確保の見地から看過できない程の重大かつ明白な瑕疵が存する場合でない限り、長から権限の委任を受けた者やその者から専決権限を与えられた者は、議会の措置を尊重し、その内容に応じた財務会計上の行為をすべき義務がある。
以上の見地からすると、各党派の責任者と議長の押印のある旅行報告書が提出され、それについて旅費の請求がある以上、その旅行の事実がないことを知っているか又はわずかの注意を払うことによって極めて容易に知り得る場合はともかく、そのような事情がない場合には、旅費支給に関する財務会計上の行為をすべきであり、そのことが、違法になることはない。
本件旅費支給については、各党派の責任者と議長の押印のある旅行報告書を提出して旅費の請求がされており、その旅行の事実がないことを知っているか又はわずかの注意を払うことによって極めて容易に知り得る場合ではなかったから、総務課長又は総務課長補佐によって専決された本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令が違法になることはない。
(2) 「当該職員」の財務会計上の行為に先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてされた職員の行為は、当然に違法になるものではなく、その行為が財務会計法規上の義務に違反するものであって初めて、その行為は違法になるものというべきである。
以上の見地から本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を見ると、これらの行為は、その原因行為である旅行の事実がないからといって当然に違法になるものではなく、行為者が、旅行の事実がないことを知っているか又はわずかの注意を払うことによって極めて容易に知り得る場合に限り、財務会計法規上の義務に違反し違法なものとなるというべきである。
そして、本件は、専決者である総務課長又は総務課長補佐が、旅行の事実がないことを知っているか又はわずかの注意を払うことによって極めて容易に知り得る場合ではなかったから、総務課長又は総務課長補佐によって専決された本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令が違法になることはない。
(3) 予算執行を担当する職員は、旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を行うに当たって、旅行命令権者の旅行命令があることを確認すれば足り、旅行の事実について確認する義務はない。
本件において、専決者である総務課長又は総務課長補佐は、本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を行うに当たって、右の必要な確認を行っているから、旅行の事実の有無にかかわらず、本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令が違法になることはない。
5 被告らに、故意、過失はあるか。
(一) 原告ら
(1) 被告鈴木について
右3(一)(1)ウで述べたとおり、県外旅行の事実が存しないにもかかわらず旅費を支給することは、長年にわたり慣例化していた。被告鈴木は、昭和五八年から知事であったから、本件旅費支給の当時、県外旅行の事実が存しないにもかかわらず旅費を支給することが慣例化していることを知っていたか又は知ることができた。それにもかかわらず、被告鈴木は、本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を防止する措置を何ら採らなかった。
また、平成四年一一月には尼崎市議会における「カラ出張」疑惑の報道がされたのであるから、被告鈴木は、愛知県議会においても同様の事態がないか自ら調査をするか又は被告寺尾に指示して調査をさせ、県外旅行の事実が存しないにもかかわらず旅費を支給することを防止する措置を採るべきであった。それにもかかわらず、被告鈴木は、本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を防止する措置を何ら採らなかった。
以上のとおり、被告鈴木には、故意又は過失がある。
(2) 被告小田について
被告小田は、議員の県外旅行に関する旅行予定表、旅行報告書及び旅行命令簿に押印していたから、議員の旅行件数やその内容を把握していた。したがって、被告小田は、ほとんどの議員が月二回県外旅行を行い、しかも、そのほとんどが一泊二日の東京への旅行であるという、不自然な事実を認識していた。
その上、平成四年一一月に尼崎市議会における「カラ出張」疑惑の報道がされたのであるから、被告小田は、県外旅行の事実がないとの疑いがある場合には旅行報告書に押印しないなどの取扱いをするとともに、チェック体制を設け、被告寺尾に対しても、議員の旅行について調査確認をすることを指導すべきであった。
ところが、被告小田は、チェック体制を設けたり、被告寺尾に対して議員の旅行について調査確認することを指導することもなく、漫然と旅行報告書等の決裁をしていたから、被告小田には、故意又は過失がある。
(3) 被告寺尾について
右3(一)(1)ウで述べたとおり、県外旅行の事実が存しないにもかかわらず旅費を支給することは、長年にわたり慣例化していたから、被告寺尾は、事務局長として、当然、このことを知っていた。
また、被告寺尾は、議員の県外旅行に関する旅行予定表、旅行報告書及び旅行命令簿に押印していたから、議員の旅行件数やその内容を把握していた。したがって、被告寺尾は、ほとんどの議員が月二回県外旅行を行い、しかも、そのほとんどが一泊二日の東京への旅行であるという、不自然な事実を認識していた。
その上、平成四年一一月に尼崎市議会における「カラ出張」疑惑の報道がされ、愛知県議会の出張についても報道機関から問合せがあったのであるから、被告寺尾は、県外旅行の事実がないとの疑いがある場合には旅行報告書に押印しないなどの取扱いをするとともに、チェック体制を設け、議会事務局の職員に対して議員の旅行について調査確認することを指導すべきであった。
ところが、被告寺尾は、チェック体制を設けたり、議会事務局の職員に対して議員の旅行について調査確認することを指導したりせず、漫然と旅行報告書等の決裁をしていたから、被告寺尾には、故意又は重大な過失がある。
(二) 被告ら
(1) 被告鈴木について
愛知県議会において、県外旅行の事実が存しないにもかかわらず議員に旅費を支給することが長年にわたり慣例化していた事実はない。また、尼崎市議会における「カラ出張」疑惑の報道がされたとしても、愛知県議会において同様の事態が生じていることになるわけではない。
被告鈴木が、本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令がされる前に、それを認識する可能性は全くなく、現実にも認識していなかった上、右2(二)(1)で述べたとおり、被告鈴木には、事務局長以下の議会事務局の職員に対する指揮監督権がなかったから、被告鈴木が、右財務会計上の行為を阻止することは不可能であった。
したがって、被告鈴木が、これを阻止しなかったことについて、故意又は過失はない。
(2) 被告小田について
議長には、議会の事務に関し、「大綱についての指揮」権はあるが、個別具体的な財務会計上の行為について、事務局長を指揮する権限はない。
また、本件旅費支給は、条例、規則、旅費支給要領、旅行取扱方法等に従って適正に処理されており、違法事実が明白になっているといった事情はなかった。右3(二)(1)エのとおり、議員の旅行件数やその内容に、特に不自然な点はないし、尼崎市議会における「カラ出張」疑惑の報道がされたとしても、愛知県議会において同様の事態が生じていることになるわけではない。
したがって、被告小田が、本件旅費支給について是正を図らなかったとしても、被告小田には、故意又は過失はない。
なお、被告小田は、平成四年一二月七日の団長会議の席上、議員の県外旅行の適正な運用を各議員に促すとともに、平成五年六月一五日及び同月一六日の中日新聞の報道があったことから、旅行取扱方法における様式の見直し等について、事務局長に指示しているから、「大綱についての指揮」権に基づく義務は果たしている。
(3) 被告寺尾について
被告寺尾の損害賠償責任については、地方自治法二四三条の二の適用があるので、同被告の損害賠償責任は、同被告に故意又は重大な過失がない限り認められない。
ところで、旅費支給要領及び旅行取扱方法に基づく議員に対する旅費の支給は、昭和四二年以来、何ら問題にされることなく、長年にわたって行われてきたものである。
愛知県議会において、県外旅行の事実が存しないにもかかわらず議員に旅費を支給することが長年にわたり慣例化していた事実はないし、議員の旅行件数やその内容に、特に不自然な点があったわけではない。また、尼崎市議会における「カラ出張」疑惑の報道がされ、愛知県議会の出張について問合せがあったとしても、愛知県議会において同様の事態が生じていることになるわけではない。
したがって、被告寺尾が、本件旅費支給の違法性を予見することは不可能であった。そうすると、被告寺尾が、本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を阻止しなかったとしても、そのことにつき、被告寺尾に、故意又は重大な過失はない。
第三 証拠
本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。
第四 当裁判所の判断
一 本件監査請求の対象が特定しているかどうかについて
1 監査請求においては、対象となる財務会計上の行為を、他の事項から区別して特定認識することができるように、個別的、具体的に摘示することを要するものというべきであるが、監査請求の対象となる行為が右の程度に具体的に摘示されているかどうかは、監査請求書及びこれに添付された事実を証する書面の各記載、監査請求人が提出したその他の資料等を総合して判断すべきである。
2 そこで、これを、本件監査請求について見るに、監査請求書の内容は、前記第二の一4のとおりであり、これに、監査請求書に事実を証する書面として添付された新聞記事の内容(後記三1(一)(3))を総合すると、本件監査請求は、八一名の議員が平成五年三月二六日から同月三一日までの間に県外に旅行をしたとして受領した旅費に関する財務会計上の行為すべてを対象とし、それに限定してされていることが認められる。もっとも、本件監査請求においては、監査対象となるべき財務会計上の行為を各議員の各旅行について個別的に特定しているわけではないが、監査請求書とその添付資料から、旅行者を議員八一名と特定した上、県外旅行された期間を六日間という短期間に限定することにより、その期間内の議員の県外旅行に対する旅費支給全部を対象とする意思でされているものと判断できるから、それによって、監査委員において、監査の対象とすべき財務会計上の行為をその他の財務会計上の行為と区別できることは明らかである。
3 したがって、本件監査請求において、監査の対象となる行為は特定されているということができる。
なお、被告らは、本件監査請求は違法事由に関しても特定していない旨主張するが、監査の対象は財務会計上の行為を単位として特定すべきものであり、ある財務会計上の行為をその違法事由ごとに細分化して特定すべきものではないから、右主張は、失当である。
二 被告鈴木と被告小田が「当該職員」に該当するかどうかについて
1 被告鈴木について
普通地方公共団体の長は、当該普通地方公共団体を代表する者であり(地方自治法一四七条)、当該地方公共団体の条例、予算その他の議会の議決に基づく事務その他公共団体の事務を自らの判断と責任において誠実に管理し及び執行する義務を負い(同法一三八条の二)、予算の執行、地方税の賦課徴収、分担金、使用料、加入金又は手数料の徴収、財産の取得、管理及び処分等の広範な財務会計上の行為を行う権限を有する者である(同法一四九条)。したがって、普通地方公共団体の長は、右財務会計上の行為を行う権限を法令上本来的に有するものであるといえる。
もっとも、普通地方公共団体の長が、自己の権限に属する一定範囲の財務会計上の行為を特定の吏員に委任した場合には、当該行為を行う権限は受任者に移り、受任者は、自己の名で、かつ、自己の責任において、その事務を処理することになる。したがって、議会事務局長に対して委任がされた場合には、普通地方公共団体の長は、それにより当該財務会計上の行為を行う権限を喪失することになるのであって、委任者という立場から受任者である事務局長に対して個別具体的な指揮監督権を有するものではない。また、普通地方公共団体の長は、補助機関たる職員に対して、一般的な指揮監督権を有する(地方自治法一五四条)が、ここでいう補助機関たる職員は、長の補助機関、すなわち、同法第二編第七章第二節第三款が規定する補助機関たる職員を指し、議会事務局の職員を含まないから、知事は、議会事務局の職員である事務局長に対しては、一般的な指揮監督権を有するものではない。
しかしながら、委任者である知事は、事務局長に対する委任を取り消す権限を有しているから、知事から一定範囲の財務会計上の行為を委任された事務局長(又は事務局長から専決権限を与えられた者)が財務会計上の違法行為をすることを阻止することがおよそ不可能であるということはできない。
以上述べたところからすると、知事が、議会事務局長に対して、一定範囲の財務会計上の行為を委任した場合であっても、知事は、その財務会計上の行為の適否が問題とされている代位請求住民訴訟においては、「当該職員」に該当するものと解すべきである。
したがって、被告鈴木は、前記第二の一2(二)のとおり事務局長に対して本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を行う権限を委任していても、なお、「当該職員」に該当するというべきである。
もっとも、事務局長(又は事務局長から専決権限を与えられた者)が財務会計上の違法行為を行った場合においては、知事は、事前に事務局長に対する委任を取り消すことにより事務局長(又は事務局長から専決権限を与えられた者)が当該財務会計上の違法行為をすることを阻止すべき義務に違反したと認められる場合に限り、自らも財務会計上の違法行為を行ったものとして、愛知県に対し、右違法行為により愛知県が被った損害につき賠償責任を負うものと解するのが相当である。
2 被告小田について
普通地方公共団体の議長は、議会の事務の統理権(地方自治法一〇四条)、議会の庶務に関する事務局長等の指揮監督権(同法一三八条七項)を有するものの、予算の執行権は普通地方公共団体の長に専属し(同法一四九条二号)、また、現金の出納保管等の会計事務は、出納長又は収入役の権限とされているから(同法一七〇条一項、二項)、一般に普通地方公共団体の議長が統理する事務には予算の執行に関する事務及び現金の出納保管等の会計事務は含まれておらず、普通地方公共団体の議長は、このような事務を行う権限を有しない。
また、普通地方公共団体の長は、その権限に属する事務の一部を当該普通地方公共団体の吏員に委任することができるが(地方自治法一五三条一項)、普通地方公共団体の議長は、その地位にかんがみると、このような権限の委任を行い得る相手方としては予定されていないというべきであり、愛知県財務規則等の関係法令においても、議長に対し、知事が有する予算執行に関する権限が委任されているとすべき根拠となるような規定は存在しない。
その他、本件旅費支給に関して、議長が財務会計上の行為を行う権限を有していたとすべき根拠はない。
なお、前記第二の一5(一)のとおり、旅費支給要領によると、議長は、議員の県外旅行につき、その必要性を判断し、旅費の額について承認を与え、必要な事項を代表者会議に諮って決定するものとされているが、これは、議会内における議員の自主的な申合せとして、議員の県外旅行について、議長に一定の事項を決定する権限を与えたものというべきであって、そのような旅費支給要領に基づく議長の行為をもって法令に基づく財務会計上の行為とはいうことはできない。
以上のとおり、議長は、本件旅費支給に関して、財務会計上の行為を行う権限を有していないから、被告小田は、「当該職員」には該当しない。
したがって、原告らは、被告小田が「当該職員」に該当することに基づいて被告小田に対し住民訴訟を提起することはできない。
三 本件旅費支給の原因となった県外旅行の事実の存否等
1 本件旅費支給の原因となった県外旅行の事実の存否について
(一) 証拠(甲二ないし六、八ないし一一、甲一二の一ないし四、乙二、一二ないし一五、証人山田繁夫、被告小田、同寺尾、平成六年一二月二日付け、平成七年四月二八日付け及び同年九月一一日付けの各調査嘱託)と弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。
(1) 愛知県議会における議員の県外旅行の件数の推移等
ア 議員に対して旅費が支給された県外旅行の件数は、平成三年五月から平成四年一一月までの間は、最も少ない月が二〇一件、最も多い月が二一五件で、各月とも二〇〇件から二一〇件程度であった。これらの旅行は、その大部分が東京都区内への一泊二日の旅行であり、用務先が東京都区内以外のものや一泊二日以外のもの(日帰り、二泊三日等)はわずかであった。
イ 平成四年一二月以降の県外旅行の件数は、同月が一六七件、平成五年一月が一七二件、同年二月が一五四件、同年三月が一四四件、同年四月が一三一件、同年五月が一〇七件と減少し、同年六月には六五件、同年七月には三〇件、同年八月には三四件と更に減少した。これらの旅行は、その大部分が東京都区内への一泊二日の旅行であることには、変わりがなかった。
ウ 愛知県議会では、平成五年九月に議員に対する旅費の支給を停止したため、同年一〇月から平成六年三月までの間における議員に対して旅費支給がされた県外旅行の件数は、〇である。
エ 旅費支給再開後の平成六年四月から平成七年三月までの間における県外旅行の件数は、平成六年七月が一四件、平成七年三月が一件であるほかは、いずれも一箇月当たり四ないし九件であり、右の間の平均は一箇月七件となる。そして、一泊二日の旅行が多いが、用務先については、東京都区内であるものとそれ以外のものがほぼ半数ずつである。
オ また、愛知県では、平成五年度までは、議員の県外出張の旅費として、議員一人が、東京へ月二回、一泊二日で行くことを想定した予算(平成五年度は、議員一人当たり一一〇万円)を組み、平成四年度までは、その大部分が現実に旅費として議員に支払われていた。
愛知県では、平成六年度は、議員一人当たり年額八〇万円の予算を組んだが、右のとおり旅行件数が少なかったため、その多くが残った。
(2) 尼崎市議会における「カラ出張」問題とそれをきっかけとした愛知県議会の対応等
尼崎市議会では、平成四年九月三〇日に新聞で同議会の議員の一人が出張旅費を受け取りながら実際には出張していないことが報道されたのをきっかけとして、同議会の大部分の議員が、出張旅費を受け取りながら実際には出張しない、いわゆる「カラ出張」をしていたことが明るみに出た。この問題は、尼崎市議会における「カラ出張」問題として、新聞等によって広く報道され、平成四年一一月末ころまでには、愛知県においても、多くの人が知るところとなった。そして、報道機関から、愛知県議会事務局に対し、愛知県議会ではどうかという問合せがあった。
そこで、被告小田は、平成四年一二月七日に開催された団長会議(愛知県議会において六名以上の所属議員を有する会派の団長で構成する会議)の席上、「最近、尼崎市での視察旅費にかかわる問題が新聞紙上に大きく取り上げられている。議員の県外旅行については、県民、マスコミ等から誤解や批判を受けることがないよう、十分に適正を期して頂きたい。」と発言した。
愛知県議会では、同月一五日に団長会議を開催して、旅費支給要領を改正し、旅費を旅行前に概算払で支払うことができるようになっていたのを、必ず旅行後に支払うことにした(もっとも、改正前においても、実際には概算払は行われていなかった。)。
(3) 平成五年六月一五日及び同月一六日の中日新聞の報道
平成五年六月一五日の中日新聞の朝刊は、「愛知県議会で『カラ出張』」の見出しで、約七〇名の議員が平成五年三月二六日から同月三一日までの間に出張したとして旅費を受け取っているが、これについては、議員の一部から「ほとんどがカラ出張ではないか。」との声があること、複数の議員が記者の取材に対し、実際には、右の期間には出張に行っていないが行ったことにして旅費の支給を受けたと述べていること、旅費支給要領の「月二回東京一泊二日」との規定を、多くの議員は、東京へ行ったことにして書類を提出すれば、毎月九万六〇〇〇円もらえると解釈していること、尼崎市議会の「カラ出張」問題が明らかになった後に「カラ出張」をやめたという議員が何人かいることを報じた。
また、平成五年六月一五日の中日新聞の夕刊は、右朝刊の記事の続報として、右の問題に対する議員の意見を掲載し、同月一六日の中日新聞の朝刊は、平成五年三月二六日から同月三一日までの間に出張したとして届け出た議員の数は、八一名であることを報じた。
(4) 平成六年三月における制度改正
右(3)の新聞報道をきっかけとして、団長会議で話し合った結果、右(1)ウのとおり、旅費の支給を停止した。そして、その間に、議員の間において、県外旅行の制度について見直しの議論が行われた。その結果、平成六年三月に、旅費支給要領及び旅行取扱方法が改正された。主な改正点は、旅費の額の上限を月ごとに設けていたのを年額で設けることとしたこと、旅行予定表は旅行の前に必ず提出すべきものとしたこと及び従来は、旅行報告書に用務の内容をまとめて記載することができたのを、出張した日ごとに用務の内容を記載すべきものとしたことであった。
(5) 原告らによるアンケート調査
本訴において原告らは、本件旅費支給に係る旅行予定表、旅行命令簿、旅行報告書等について議会事務局長に対する送付嘱託の申立てをし、当裁判所は、それを採用したが、議会事務局長は、平成六年八月二五日付けで、当裁判所に対し、右送付嘱託に応じられない旨の回答をした。
その後、原告らは、平成六年一〇月七日付けで、平成五年三月当時の議員全員について証人申請をした。そして、原告らは、同月、右議員のうち、被告小田を除く各議員に対し、やむを得ず証人申請をしたこと、アンケートの回答によっては証人申請を撤回する予定であること等の事情を記載した上、平成五年三月二六日から同月三一日までの間における県外旅行を原因として旅費の支給を受けたかどうか、当該県外旅行をしたかどうか等を尋ねるアンケート調査を行った。その結果、二九名の議員から回答があり、うち、一九名の議員が右の期間における県外旅行を原因として旅費の支給を受けていない旨の回答をし、九名の議員が、旅費の支給は受けたが、現実に旅行をした旨の回答をした。現実に旅行をした旨回答した者は、一名を除き旅行報告書等の関係書類が裁判所に提出されてもよい旨の回答をし、また、その多くは、用務の内容や宿泊先についても回答をした。
(二) 右(一)認定の事実に基づき、本件旅費支給の原因となった県外旅行の事実の存否について判断する。
(1) 右(一)(1)ア認定のとおり、平成三年度及び平成四年度において議員に対して旅費が支給された県外旅行の件数は、平成四年一一月までは、各月とも二〇〇件から二一〇件程度であり、これらの旅行は、その大部分が東京都区内への一泊二日の旅行である。そして、この事実に、前記第二の一5のとおり、旅費支給要領では、旅費の額は、原則として、一泊二日、月二回の東京往復旅費が上限とされていたこと及び弁論の全趣旨によると、議員の定数は一一〇名であったことが認められることからすると、大部分の議員が、月に二回ずつ東京都区内へ一泊二日の旅行をしたとして旅費の支給を受けていたものと認められる。
ところが、右(一)(1)イ認定のとおり、右旅費請求の件数は、平成四年一二月には一六七件に減少し、更に平成五年六月には六五件、同年七月には三〇件に減少している。そして、平成四年一二月は、右(一)(2)認定のとおり、尼崎市議会における「カラ出張」問題が報道され、多くの人が知るようになった直後の時期であることからすると、同月以降は、右「カラ出張」問題の報道によって、旅費支給を受ける議員の数が減少したものと推認することができるし、平成五年六月以降は、その時期からすると、右(一)(3)認定の中日新聞の報道によって、旅費支給を受ける議員の数が激減したものと推認することができる。
そして、右(一)(1)エ認定のとおり、旅費の支給が再開された平成六年四月以降においては、旅費が支給された県外旅行の件数は、平均すると、一箇月当たり七件に過ぎない。
ところで、県外旅行を実際に行った場合であれば、尼崎市議会における「カラ出張」問題が報道され、中日新聞において右(一)(3)認定のような報道がされ、更に、本件監査請求がされたり、本訴が提起されたとしても、議員が旅費の支給を受けることを中止する理由はないものと考えられるから、県外旅行を実際に行っていないにもかかわらず旅費を受け取っていた事例が数多くあったため、県外旅行の件数が右のとおり激減したものと推認することができる。そして、右(一)(1)オ認定の旅費の予算に関する事実と弁論の全趣旨によると、大部分の議員が月に二回ずつ東京都区内へ一泊二日の旅行をしたとして旅費の支給を受けるということは、平成三年度に始まったものではなく、それ以前から長年にわたってそのような状況であったものと認められるから、県外旅行を実際に行っていないにもかかわらず旅費を受け取ること(「カラ出張」)は、長年にわたって愛知県議会において慣例化していたものと認めるのが相当である。
この点について、被告らは、右認定のように県外旅行の件数が減少しているのは、議員があらぬ疑惑を持たれないよう自費による旅行に切り換える等しているためである旨主張し、証人山田繁夫、被告小田本人及び被告寺尾本人は、右主張に沿う供述をする。しかし、あらぬ疑惑を持たれないよう自費による旅行に切り換える等した議員が一部存在しているとしても、それのみで、県外旅行の件数が右のように激減するとは到底考えられないし、右証人や被告本人も、自費による旅行を行っている事例がどの程度あるかを具体的に把握した上で供述しているわけではない。したがって、右供述は、「カラ出張」が長年にわたって慣例化していたとの右認定を覆すに足りるものではない。
(2) 次に、本件旅費支給の原因となった県外旅行は、前記第二の一3のとおり、平成五年三月二六日(金)から同月三一日(水)までの六日間に八一名の議員が一四四件の旅行をしたというものである。証拠(乙一五)と弁論の全趣旨によると、平成五年三月は、一日から二五日まで愛知県議会が開催されていたことが認められるが、そうであるとしても、土、日を挾む六日間に八一名の議員が一四四件の公務上の旅行をしたというのは、不自然である。また、証拠(平成六年一二月二日付けの調査嘱託)によると、五五名の議員が、右の六日間に東京への一泊二日の旅行を二回したとして旅費を受領しているが、このように多くの議員が、短い期間内に、日帰り可能な東京に、二回も一泊二日の旅行をしたというのは、不自然である(もっとも、後記のとおり、これらの旅行がすべて存在しないというわけではない。)。
(3) 右(一)(5)のとおり、原告らがアンケート調査を行ったところ、二九名の議員から回答があり、うち、一九名の議員が右の期間における県外旅行を原因として旅費の支給を受けていない旨の回答をし、九名の議員が、旅費の支給は受けたが、現実に旅行をした旨の回答をしたことが認められる(なお、証拠(平成六年一二月二日付けの調査嘱託)と弁論の全趣旨によると、右九名の議員の中には、平成五年三月二六日から同月三一日までの間に二回東京へ一泊二日の旅行をした議員もいることが認められる。)。
右の九名の議員は、右アンケート調査に積極的に回答し、その多くが用務の内容や宿泊先について明らかにしていることからすると、右の九名の議員については、旅行をしなかったものということはできない。なお、証拠(平成六年一二月二日付けの調査嘱託)と弁論の全趣旨によると、このうち、一名については、旅行報告書の内容と実際の旅行に異なる点があるものと認められるが、証拠(平成六年一二月二日付けの調査嘱託)と弁論の全趣旨によると、その者については、受領した旅費の額が実際に旅行した旅費の額を上回るものではないと認められる。
ところで、右アンケート調査は、訴訟の当事者である原告ら(いずれも弁護士)が証人申請をした各議員に対して行ったものであるが、その文面やアンケートの内容については、議員に対するアンケートとして不適切なものとはいえない(甲六)。そして、前示のように、年度末の三月の六日間に行われた出張についてその年の六月には新聞で「カラ出張」問題として大きく報道されていたことからして、右アンケート調査の時点で各議員が出張先等の概要を回答できなかったとはいえない。
他方、実際に出張していた議員にとっては、右報道から本件監査請求、本訴の提起に至った経過からして、右アンケートは、「カラ出張」の疑惑を晴らす良い機会であったということができる。
(4) そこで、当裁判所は、審理の経過を踏まえ、被告らに対し、議員の証人尋問の申請をして反証すべき旨勧告したが、被告らは、証人申請をしなかった。
(5) 右(1)ないし(4)で述べたところを総合すると、本件旅費支給を受けた議員のうち、右九名および被告小田並びに証拠(平成六年一二月二日付けの調査嘱託)と弁論の全趣旨により右アンケート調査の時点で死亡していたものと認められる者一名の合計一一名を除く七〇名については、県外旅行の事実がないにもかかわらず、本件旅費支給を受けたものと推認するのが相当である(旅費支給を受けなかった議員のうち七名は右アンケートに回答していないが、そのことは、右推認を妨げるものではない。)。
(6) なお、証拠(乙一二、被告寺尾)によると、愛知県議会においては、議員となった者に対して、「新議員のみなさんへ」という冊子を配付しており、その中で旅費支給要領に基づく旅費支給制度について説明していることが認められるほか、右(一)(2)認定のとおり、被告小田は、平成四年一二月七日の団長会議の席上、議員の県外旅行について適正に行うよう注意を促したことが認められる。しかし、これらの事実は、直接、本件旅費支給の原因となった県外旅行の存在を推認させるものではないから、右(5)の認定を覆すに足りるものということはできない。
また、証拠(甲一、被告寺尾)と弁論の全趣旨によると、本件旅費支給の対象となった議員全員から、旅行予定表及び旅行報告書が提出されていることが認められる。しかし、証拠(証人山田繁夫、被告寺尾)と弁論の全趣旨によると、従前から前記第二の一6の県外旅行に関する手続は履践されていたものと認められるが、それにもかかわらず、右(1)のとおり、県外旅行の事実がないのに旅費が支給されることがあったものと認められるから、右の旅行予定表及び旅行報告書提出の事実は、直ちに本件旅費支給の原因となった県外旅行の存在を推認させるものということはできず、したがって、右(5)の認定を覆すに足りるものではない。
更に、証拠(甲一)によると、本件監査請求の監査結果を記載した書面には、監査の過程で、八一名の議員に対し、本件旅費支給の原因となった県外旅行について、旅行報告書の記載内容が事実と相違ないかどうか確認したところ、旅行報告書の記載内容の変更を必要とする事例は認められなかったとの記載があるが、本件全証拠によるも、どのような方法で確認をしたのか明らかではないから、いまだ、右(5)の認定を覆すに足りるものということはできない。
2 被告小田の県外旅行の事実の存否とその公務上の必要性について
証拠(被告小田、平成六年一二月二日付けの調査嘱託)と弁論の全趣旨によると、被告小田は、平成五年三月二七日から同月二八日にかけて、一泊二日で東京への旅行をしたとして、旅費の支給を受けたことが認められる。この旅費支給の原因となった旅行について、被告小田本人は、「平成五年三月二七日の午後、新幹線で東京へ行き、稲垣実男前衆議院議員の事務所を訪れ、秘書に面会した。用務は、農業協同組合の統合に向けての合意形成について意見交換をし助力を求めることと農村の集落排水事業及び土地改良事業の促進を農林水産省に働きかけることを要請することであった。同事務所は、マンションで宿泊設備があるので、同事務所で一泊して、翌二八日早朝、同事務所を出て、新幹線で帰ってきた。」旨の供述をする。
右供述については、その内容と弁論の全趣旨からしてにわかに措信することはできないが、他方でこれが偽りであるとするに足りる証拠もないので、本件においては、被告小田が右供述のような旅行をしなかったとまで認めることはできない。
また、証拠(被告小田)と弁論の全趣旨によると、稲垣実男前衆議院議員は、落選中であったが、政治活動はしていたこと、実務的な作業は、同前衆議院議員の秘書がしていること、農業協同組合の統合の問題は県政の課題であったこと、以上の各事実が認められるから、右旅行は、農業協同組合の統合に向けての合意形成について意見交換等をした点において、旅費支給要領1の(1)の「議員が県政の進展に必要な調査をするための旅行」に当たるといえないわけではなく、農村の集落排水事業及び土地改良事業の促進を農林水産省に働きかけることを要請したという点において、間接的ではあるが、旅費支給要領1の(2)の「議員が国会、政府及び政府関係機関に陳情するための旅行」にも当たるといえないわけではない。したがって、被告小田の右旅行について公務上の必要性がなかったということはできない。
四 本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令の違法性について
1 地方自治法二〇三条五項に基づく県議会議員の報酬及び費用弁償等に関する条例四条は、議員が公務のため旅行をしたときは、その旅行について費用弁償として旅費を支給する旨規定しているのであるから、本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令のうち、県外旅行の事実がないにもかかわらずされたものは、同条に定める旅費支給要件を欠いているから、財務会計法規に反し、違法である(地方自治法二三二条の三)。
2 この点に関する被告らの主張は、次のとおり採用することができない。
(一) 被告らは、長の有する予算の執行機関としての権限は、議会に関する事項については制約があり、予算執行の適正確保の見地から看過できない程の重大かつ明白な瑕疵が存する場合でない限り、長から権限の委任を受けた者やその者から専決権限を与えられた者は、議会の措置を尊重し、その内容に応じた財務会計上の行為をすべき義務があると主張する。
しかし、普通地方公共団体において、執行機関としての長と議決機関としての議会とは互いに独立した対等の関係にあるとはいえるが、予算の執行については、議会に関する事項であっても、長にその権限があるから、長から権限の委任を受けた者やその者から専決権限を与えられた者は、受任者として、あるいはその専決者としての立場から、適正に予算を執行する義務を負っている。したがって、旅費支給においては、旅費請求に係る旅行が実際に行われたかどうかは、自らの責任において適正と思われる方法により調査して判断すべきものである。そして、本件のように旅行予定表に基づき旅行命令簿が作成されており、また、各党派の責任者と議長の押印のある旅行報告書が提出されておれば、通常は、それによって旅行の事実が証明されたものと取り扱うことはできるが、必要がある場合には適宜調査をして旅行の事実を確認すべきであり、旅行報告書さえ提出されておれば、被告らの主張する例外的な場合を除き、常に旅行が行われたものとして取り扱わなければならないというものではない。
(二) 次に、被告らは、当該職員の財務会計上の行為に先行する原因行為に違法事由が存する場合であっても、右原因行為を前提としてされた職員の行為は、当然に違法になるものではなく、その行為が財務会計法規上の義務に違反するものであって初めてその行為は違法になるものというべきであるから、本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令は、行為者が、旅行の事実がないことを知っているか又はわずかの注意を払うことによってきわめて容易に知り得る場合に限り、財務会計法規上の義務に違反する違法なものとなるというべきであると主張する。
しかし、旅行の事実がないにもかかわらず旅費の支給に関する財務会計上の行為を行った場合には、その原因行為に違法事由があるというのではなく、旅費支給自体に、その支給要件の存否の判断を誤った違法事由があるのであるから、被告らの右主張は、失当である。
(三) 更に、被告らは、予算執行を担当する職員は、旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を行うに当たって、旅行命令権者の旅行命令があることを確認すれば足り、旅行の事実について確認する義務はないと主張する。
しかし、旅行が行われたことは、旅費支給の要件であるから、予算執行を担当する職員は、旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を行うに当たって、必要に応じ適切な方法により旅行の事実を確認すべきは当然であり、旅行命令権者の旅行命令の存在さえ確認すれば、常に、旅行の事実を確認する義務がないとすることはできない(旅行命令の確認や旅行報告書の確認は、旅行の事実を確認する一方法に過ぎない。)。
五 被告鈴木及び被告寺尾の責任について
1 被告鈴木について
(一) 被告鈴木は、前述のとおり、議員の旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を行う権限を議会事務局長に委任しており、また、旅費支給に関し、事務局長に対して具体的な指揮監督をする権限を有していなかったのであるから、被告鈴木が本来の権限者として採り得る法的措置は、議会事務局長に対する委任を取り消すことのみであった。
そして、弁論の全趣旨によると、右三1(一)(3)認定の中日新聞の報道がされるまでは、新聞等で取り上げられるなどして、「カラ出張」が問題とされたことはなかったものと認められること及び被告鈴木が愛知県議会において議員の「カラ出張」が慣例化していることを知っていたと推認すべき特段の事情が認められないことからすると、被告鈴木が愛知県議会において議員の「カラ出張」が慣例化していることを知っていたとまで認めることはできない。
また、議員の旅費支給は、議員の議会活動と密接に関連することがらであるから、執行機関の長(知事)である被告鈴木としては、仮に議員に「カラ出張」の疑惑が生じたとしても、第一次的には、その対応を議会と議会事務局長に委ねておけば足りたというべきであり、本件においては、本件旅費支給がされた時点までに、事務局長に対する委任を取り消す等して知事が積極的に対応すべき事情が生じていたとすることはできない。
(二) そうすると、被告鈴木には、本来の権限者として、議会事務局長に対する委任を取り消すべき義務を怠ったとすることはできない。
したがって、被告鈴木には、本件旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令により愛知県が被った損害につき、「当該職員」としての賠償責任はない。
2 被告寺尾について
(一) 被告寺尾は、支出負担行為及び支出命令を行う権限を有する職員であるから、地方自治法二四三条の二第一項により、故意又は重大な過失がある場合に限り、愛知県に対し損害賠償責任を負うものである。
また、前記第二の一2(三)のとおり、議員の旅費についての支出負担行為及び支出命令は、総務課長又は総務課長補佐によって専決されており、本件旅費支給についてもそのようにして実行されたのであるから、被告寺尾は、総務課長又は総務課長補佐が本件旅費支給に関する違法な支出負担行為及び支出命令をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は重大な過失により右財務会計上の違法行為を阻止しなかったときに限り、右財務会計上の違法行為により愛知県が被った損害について賠償責任を負うものと解するのが相当である。
(二) そこで、以上の観点から、被告寺尾の責任について判断する。
(1) 愛知県議会において県外旅行の事実がないにもかかわらず旅費が支給されること(「カラ出張」)が慣例化していたことは、右三1(二)(1)認定のとおりである。
ところで、被告寺尾は、事務局長として、議長の命を受け、議会の庶務を掌理していたから(地方自治法一三八条七項)、議会事務全般について把握することができる立場にあったのであり、また、被告寺尾は、前記第二の一1(四)のとおり、平成四年四月一日から事務局長の職にあり、各議員から提出された旅行予定表及び旅行報告書並びに事務局総務課作成の旅行命令簿を自ら決裁していたのであるから、議員の大部分が月二回ずつ一泊二日の東京への旅行を行った等として旅費請求をしている実情については、十分認識していたものと認められる(その中には、本件旅費支給の原因となった各旅行のように一時に多数の出張が集中する等の不自然なものも含まれていたと推認することができる。)。また、その職務・地位からして、日頃、多くの議員と接して旅行の実情を把握できる立場にあり、時にはそのような旅費請求をした議員と旅行をしているとされる日に接触する機会もあったと推認できる。
更に、右三1(一)(3)認定の中日新聞の報道に証拠(証人山田繁夫)と弁論の全趣旨を総合すると、議会事務局の職員が、議員に対し、旅行予定表や旅行報告書の提出を促したり、その代筆をするといった実情にあったことが認められるから、そのようにして議員に日常接している事務局の他の職員が、前示のような議員の県外旅行の実態を知らなかったとは考え難い。
以上のようなことからすると、被告寺尾は、自らの経験や議員、職員等からの聴取により、愛知県議会において県外旅行の事実がないにもかかわらず旅費が支給されること(「カラ出張」)が慣例化していたことを知っていたと推認するのが相当であり、仮に知らなかったとしても、その点について重大な過失があるものと認められる。
(2) そして、右三1(一)(2)認定のとおり、尼崎市議会における「カラ出張」問題が全国的に報道され、平成四年一一月ころには、この問題は、愛知県においても広く知られ、かつ、報道機関から議会事務局に対し愛知県議会ではどうかという問合せもあったのであり、また、それをきっかけとして同年一二月に愛知県議会において議長が団長会議で注意する等の対応をしたのであるから、遅くとも平成四年一二月には、被告寺尾は、旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令を行う権限を有している者として、県外旅行の事実がないにもかかわらず旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令がされることを阻止するための措置を採るべきであったということができる。
ところで、尼崎市議会における「カラ主張」は、旅費請求の手続という面からは、旅行の事実の確認方法に問題があったことは明らかであり、その発覚により、住民により選出された議員といえども旅行をしたという本人の申告のみに基づいて旅行の事実を確認するのが相当でない場合もあり得ることが明らかになったといえる。
したがって、被告寺尾としては、具体的には、専決者に指示をして、旅費請求のあった場合には、宿泊を伴う旅行の場合には宿泊先の報告を求め、また、宿泊を伴わない旅行の場合には具体的な訪問先と到着時刻の報告を求める等の方法により虚偽申告を防止する措置を採るべきであったことになる。そして、何よりも、そのような措置を採ること自体により、旅費は、実際に行われた旅行に対する費用弁償として支給されるものであり、旅行の事実がないにもかかわらず旅費請求をすることが不正な行為であることを周知させると共に、事務局長である被告寺尾において、旅行の事実に疑問がある場合には、より具体的な証拠の提出を求める等して旅行の事実の存否を確認するという基本姿勢を明らかにする必要があったといえる。
なお、仮に被告寺尾が、愛知県議会において「カラ出張」が慣例化していることを知らなかったとしても、前示のような旅行の実態からして、尼崎市における「カラ出張」問題が発覚した時点で、愛知県議会でも「カラ出張」があるのではないかとの疑問をもってしかるべきであり、それまでの自らの経験を下に旅行に関する統計資料等を調査し、また、議員や議会職員から内々の事情聴取をすれば、具体的な出張が「カラ出張」であったかどうかは別として、放置できないほど多数の「カラ出張」が行われていることを容易に知り得たというべきである。
(3) ところが、証拠(被告寺尾)と弁論の全趣旨を総合すると、被告寺尾は、右のような措置を何ら採らなかったものと認められる。
仮に、平成四年一二月の時点において、被告寺尾が、右(2)のような措置を採っておれば、平成五年三月の時点では、県外旅行の事実がないにもかかわらず旅費支給に関する支出負担行為及び支出命令がされることを防止することができ、本件旅費支給に関する違法な支出負担行為及び支出命令がされることはなかったものと認められる。
なお、右のとおり尼崎市議会における「カラ出張」が問題とされ、議員も問題意識をもっていたものと推認することができるから、被告寺尾が自己の権限の範囲内で、右のような措置を採ることが不可能であったとは考えられない。
(4) 以上のとおり、被告寺尾は、本件旅費支給に関する違法な支出負担行為及び支出命令をすることを阻止すべき指揮監督上の義務に違反し、故意又は重大な過失により右財務会計上の違法行為を阻止しなかったと認められるから、右財務会計上の違法行為により愛知県が被った損害について賠償責任を負うべきことになる。
(三) そこで、次に、損害額について判断するに、右三1(二)(5)とおり、本件旅費支給については、七〇名分について、県外旅行の事実がないにもかかわらず旅費支給がされたものと推認することができるところ、証拠(平成六年一二月二日付け調査嘱託)と弁論の全趣旨によると、その額は、五九八万九七七〇円(うち、平成五年四月一六日に支給されたものは、五八九万二九七〇円、同年五月一四日に支給されたものは、九万六八〇〇円)となることが認められる。
第五 総括
以上の次第で、本件訴えのうち、被告小田に対する「当該職員」としての損害賠償請求に係る部分は、不適法であるので却下することとし、同被告に対するその余の請求及び被告鈴木に対する請求はいずれも理由がないので、これを棄却し、被告寺尾に対する請求は、愛知県に対し、五九八万九七七〇円及び内五八九万二九七〇円に対する平成五年四月一六日から、内九万六八〇〇円に対する平成五年五月一四日から、それぞれ支払済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、右の限度で認容し、その余は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条第一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。
なお、仮執行の宣言は、相当でないので、付さないこととする。
(裁判長裁判官岡久幸治 裁判官森義之 裁判官岩松浩之)